「東京プロジェクト」としてのスタート
TENOHASI(後のプロジェクト・パートナー)が2000年代はじめから続ける支援活動のなか、相談者の多くに生きにくさを抱える方々が見られました。
プロジェクト代表医師の森川すいめい医師(精神科医)らが2008年から2009年にかけて実施した池袋での調査の結果、対象となったホームレス状態にある人々のうちに高い割合で(2008年 調査で4割、2009年調査で6割)何らかの精神症状があり、半数以上に自殺のリスクがあることが判明しました。
日本においては、生活困窮者のための公的支援である生活保護制度があります。生活保護の受給には本人自身が申請をしなければならず、路上に至りそして抜け出すことが困難な様々な理由を区役所や福祉事務所などで説明しなくてはなりません。精神や知的に障害を抱えた方々は、こうした手続きがうまくできず、支援に繋がらないことや何らかの支援を得て繋がった場合でも、その継続には様々な配慮や支援が必要になります。結果、路上での生活を長引かせてしまう方が多かったのです。
この現状から、ホームレス状態にあり、特に精神や知的に障害を抱えた人々の特色に配慮した支援の模索と提供が急務であると判断され、2010年、世界の医療団(Médecins du Monde:MdM)日本はTENOHASI、べてぶくろと共に 「東京プロジェクト ~ ホームレス状態の人々の精神と生活向上プロジェクト」を立ち上げました。
プロジェクトでは、医療・保健・福祉へのアクセスの改善、精神状態と生活状況の底上げ、地域生活の安定、また、多くの人にこの現状を伝えること、状況を改善すべく政策決定に携わる人々へ訴えかけるアドホカシー活動を行っています。
ホームレス状態にある人が「障害があっても安心して地域で暮らす」ことができるよう医療や福祉の専門家を始め、この問題に高い関心を寄せる市民ボランティアの協力のもと支援活動を開始しました。
©Maho Harada
複数団体のコンソーシアムへ
ー医療、アドボカシー、コーディネーションを担うー
2010年に池袋にて「東京プロジェクト」として3団体でスタートした事業は2017年、新たにいくつかの団体をメンバーに加え、複数団体のコンソーシアムに成長、地域も豊島区、中野区などに広がりを見せています。
2016年、“ハウジングファースト”支援手法を日本社会においてより強力に推し進めるべく、事業名を「東京プロジェクト」から「ハウジングファースト東京プロジェクト」に名を改めました。
プロジェクト全体として多岐にわたる活動を行っており、メンバー団体が常に有機的に関わりあいながら専門性を活かし、日常の業務・活動を行っています。
MdM日本はアウトリーチ活動(夜回り)への参加や医療相談会を実施するほか、マカロニ(日中活動の拠点)の運営、プロジェクト全体のコーディネートを行っています。また日本でのハウジングファーストの認知度の向上、行政によるハウジングファーストの実現に向けた政策提言活動も行っています。

ハウジングファースト東京プロジェクト構成団体 (2017年8月現在)
世界の医療団 日本
・全体運営 |
・夜回り |
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・グループホーム運営 |
・障害者支援 |
・住まいの提供 |
ゆうりんクリニック
・診療 |
・住まいの修繕と管理 |
活動内容
リハビリプログラム(日中活動)
・居宅へ移ってからの居場所の提供
・料理(献立作りから買い物、調理、会食、片付けまで)、手芸、農業体験、パソコン、カメラなどグループで取り組むことにより対象者の社会性の回復を図る
ファーストアプローチ
・夜回り、炊き出し、医療相談会の場での新たな対象者との接触、関係の構築
ケアマネジメント
・対象者が必要としている支援を個別に見極め、行政や医療につなぐ活動
医療保健活動
・クリニックでの診察、訪問チームによる訪問看護および炊き出しや夜回りでの医療相談
アドボカシー
・行政機関への働きかけ、教育機関、研究機関等での講演など
支援者支援
・能力向上のための勉強会、研修、視察や個別カウンセリングなどを通じた協力者支援
©Kazuo Koishi
活動の現場から
月2回の炊き出しには毎回200名以上が列をなし、食事をつかの間楽しみます。その横では医療相談会、福祉相談会、鍼灸、マッサージ、語り合う会、衣類などの配布が行われています。
毎回10名前後のボランティアに活動を支えられている医療相談会には、1時間半の間におよそ40~50人の方が相談に訪れます。薬を求めてくる人、顔を見せにくる人、話をしに来る人、健康の相談をしに来る人、訪れる理由はそれぞれですが医療相談会のニーズは絶えることがありません。先進国日本において、池袋の公園での診療は年間1,000件を越えています。相談者の高齢化が顕著になる一方で、ここ数年は女性やネットカフェなどに寝泊りする若者の相談者も増加しています。相談内容で多いのは風邪などに代表される感冒症状のほか、胃腸の不調、皮膚疾患などですが、その影に高血圧や糖尿病などの生活習慣病や心臓病などの重篤なケースがあることが多くあります。本来、継続した治療が必要ですが、路上での生活ではそれは望めません。
安定した食生活、あたたかい場所で眠ることではじめて裏に隠れた病の治療へと関心が向けられるのです。通院、入院、手術などの継続的な治療が必要とされる場合、生活保護の医療扶助によって医療が進められていきますが、現行の法制度では、路上生活者や障害がある人たちがそこへ行き着くまでには様々なバリアを越えなくてはならない現状があります。
プロジェクトの拠点、そして人とのつながりを目指す居場所「ボン・マカロニ」
「マカロニ」は、孤立していた元路上生活者の方、地域で障害を持ちながら生活されている方、近隣に住んでいる方みなさんの居場所、そして「あさやけベーカリー」などと連携した日中活動の拠点になっています。
「やらなきゃいけない」とか「やらされる」のではなくて、自分たちで活動を作り上げると思えるような場所。自由さを感じられて、自分が活躍できる場所。そこにいて安心できる場所。ここに来れば、仲間や会いたい人に会える場所。料理教室、手芸、パソコン教室などの日中活動のほか、夜回り、医療相談会の準備などもここで行われています。
©Kazuo Koishi
あさやけベーカリーは豊島区要町の路地裏にひっそりと佇んでいます。店主の協力のもと、日中活動の一環として当事者がパンを焼き始めたことがきっかけで、パン作りが始まりました。現在では、夜回り時に配布するまでになっています。大切な居場所、活動のひとつです。
ハウジングファースト
「ハウジングファースト」とは、住まいを失った人々の支援において、安心して暮らせる住まいを確保することを最優先とする考え方のことです。 1990年代にアメリカで始まったハウジングファースト方式のホームレス支援は、欧米のホームレス支援の現場では一般的になりつつあり、重度の精神障害を抱えるホームレスの方の支援でも有効であることが実証されています。
首都圏で行われている従来のホームレス支援では、「ホームレス状態にある人々、特に精神や知的の障害を持つ人が地域生活を送ることは難しく、居宅に住むための準備期間が必要である」という考え方のもと、一定期間、施設などでの集団生活を経たのちアパート入居をめざす、というステップアップ方式が採用されてきました。しかし実際には、アパートに向けての「階段」をのぼっていく過程において、多くの人がドロップアウトしてしまい、路上生活に戻ってしまうことが問題視されるようになりました。
ハウジングファースト型の支援では、ホームレス状態にある人々に対して無条件でアパートを提供し、精神科医、看護師、ソーシャルワーカー、ピアワーカーなど多職種からなるチームと地域が連携して、その人を支えていくという手法が採られています。調査の結果、ハウジングファースト型支援によって社会的なコストが削減できることも判明しています。

ハウジングファーストが大切にする理念
・住まいは基本的人権
・すべての利用者への敬意と共感
・本人の選択と自己決定
・利用者との繋がり
・地域に分散した住まい、独立したアパート
・住まいと住まい以外の支援を分ける
・リカバリーオリエンテーション
・ハームリダクション
誰かが決めたレールの上を歩ませるのではなく、まずは地域の住みたい場所に自分の部屋を得ること。
そこで自分のペースとスタイルで、地域の一人として暮らしていくこと。
支援者はそれを応援していくこと。
ゴールだと思われていた住まいをスタートとすることで、実は本人の回復(リカバリー)が圧倒的に実現されていくのです。
「ハウジングファースト東京プロジェクト」は、ハウジングファースト・モデルによる支援を通じて、誰一人としてホームレス状態に陥ることのないコミュニティの創造を目指します。
【本事業のスポンサー企業】
・エーツーケア株式会社:自社商品の売上の一部を当プロジェクトのためにご寄付いただいています。
・エドワーズライフサイエンス株式会社:ボランティア活動や衣類の寄贈などの従業員の皆様からのご支援、そしてエドワーズライフサイエンス基金からの助成金によるご支援をいただいています。
©MdM Japon