8月にスマイル作戦の形成外科手術をシェンクワン県病院で実施しました。今回はもっと日本の技術を学びたいという病院からのリクエストで、日本から上田百蔵医師と川島乃笑ソフィー医師の2人の形成外科医師と、世界の医療団の理事でもある石原恵看護師を派遣しました。
前回患者が計画どおりに集まらなかった反省を踏まえ、患者への声かけやフォローアップを強化しました。病院のSNSでの発信や、過去に手術を受けた人からの口コミにより、今回は17名が病院に集まり、手術の可否を決めるスクリーニングを受診しました。時期が学校の夏休みと重なったこともあり、子ども達が多く集まりました。カセットコンロの爆発で両脚に大やけどを負った4歳の女の子マイワーちゃんや、地面近くに設置された炭火の中に落ち、左腕および左手が拘縮した12歳のマイシーちゃん、生まれつき両手が癒着していた6歳のケンリ―くんなどです。 傷の状態や生活への影響、手術の効果などを検討し、8人に手術を行うことを決めました。しかし、当日になって発熱して体調不良で手術が受けられなくなったり、保険が適用されないことがわかって本人が辞退したりしたために、最終的に手術を受けるのは6名になりました。

8月18日から20日の3日間にわたって、1日2人ずつ手術を行いました。手術では、日本人医師の指導のもと、ラオス人医師と日本人医師で役割分担しながら手術を一緒に行いました。スマイル作戦を重ねる中で、ラオス人麻酔科医の麻酔導入能力や、外科医の縫合技術が高いことがわかり、その部分は彼らに任せました。逆に傷跡の組織を取り除く際の範囲や深さの判断が難しいということで、日本人医師らが指導し、慎重に行いました。

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マニワン医師(シェンクワン県病院外科医) 「子どもの指のような小さな範囲の瘢痕組織の解放と皮膚移植に自信をもてました。今回は広範囲に熱傷瘢痕のある患者さんがいて、チャレンジングな手術だと思いましたが、日本からの先生が順序よく進めてくれて、多くのことを学ぶことができました」 |
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手術はいずれも無事に終了しました。手術を受けた子どもたちはその後もほとんど泣かず過ごしていました。日本の医師らも「同年代の日本の子どもなら大泣きするほどの手術なのに、現地の子どもたちは本当に我慢強く、よく頑張っている」と驚くほどでした。
8月21日には、シェンクワン県病院の形成外科医5名および研修医4名を対象に、日本人医師が形成外科の手術手技や手術方法について講義を行いました。同病院ではまだ実施されていないZ形成術や乳房再建術なども紹介。ラオス人形成外科医たちはとても熱心に話を聞いていました。
スマイル作戦実施後には、必ず手術を受けた患者たちのその後の様子を定期的に確認しています(ナムサイちゃんのその後>> )。回復した患者たちの姿は、現地の医師たちにとっても大きな自信とモチベーションにつながっています。
マイワーちゃんのケース
マイワーちゃんの事故
シェンクワン県に住む現在4歳のマイワーちゃんは、赤ちゃんのときからお母さんとともに、鉱物を運搬する長距離トラック運転手として働いていたお父さんのトラックに乗っていました。事故当時、3歳だったマイワーちゃんはいつものようにトラックに乗っていました。途中、お父さんが水を補給するためにトラックを停めました。その間、お腹が空いたマイワーちゃんのために、お母さんはマイワーちゃんをトラックの座席に残し、トラックから降りて調理する準備を始めました。携帯用ガスコンロをトラックのボンネットに置き、水と麺の入った鍋を置いたガスコンロに火をつけました。しばらくすると、ガスコンロで発生した熱で突然ガスコンロが爆発しました。ボンネット下の燃料が重なったことで、爆発は大きく衝撃も強いものになりました。最も大きな被害を受けたのは、トラックの中で座って遊んでいたマイワーちゃんでした。マイワーちゃんは全身に重度のやけどを負い、身体の各所に傷ができ、出血するほどの状態となりました。お母さんは炎で顔、身体、手などにやけどを負いました。お父さんはトラックの反対側で水を補給していたため、無事でした。
事故後に残った傷あとと身体の引きつれ
お父さんは火傷を負った妻と娘を急いでシェンクワン県病院へ搬送しました。二人はそこで長期間にわたって治療を受けました。マイワーちゃんの入院期間は約1ヶ月に及びました。
退院後、マイワーちゃんの傷が少しずつ治っていく一方で、両脚には大きな傷あとが残りました。太ももから足元まで両脚に皮膚の引きつれ(瘢痕拘縮)が生じ足を動かしたときに突っ張っていました。また、ケロイド瘢痕がたくさん残っていました。また、左手の小指がまがってしまい、以前のようにまっすぐ伸ばすことができなくなりました。
お父さんは妻と娘の世話をするため、また今回のような家族を危険な目に合わないようにするため、トラックの運転手の仕事をやめて故郷の村で農民として働き始めました。お母さんによると、マイワーちゃんは以前より少し引っ込み思案になり、また暑い夏でも傷を隠すように長ズボンと長袖のシャツを着るようになったそうです。 また、マイワーちゃんは足の拘縮で歩きづらそうな様子でした。
娘が負ったひどい火傷について自分に責任があると感じたお父さんは、少しでも傷がよくなる方法がないかいろんな人に聞いてまわりました。6月のある日、親戚からシェンクワン県病院のフェイスブックに、8月に世界の医療団の日本人医師たちと形成手術を行うという投稿を紹介されたと聞きました。お父さんはすぐに病院に予約を入れました。
手術への期待
医師による診察では、マイワーちゃんは手術適応ありと判断されました。医師から手術の方法や手順について説明を受け、両親は手術を受けることを決めました。
マイワーちゃんの両親は、「娘がより楽に歩けるようになり、周りの子どもたちと活発に一緒に遊んだり、いろんな活動に参加したりできるようになってほしい」と話していました。また、体に残っている傷あとや引きつれの症状が改善され、手や脚、指をより自由に動かせるようになり、できるだけ以前に近い日常生活を送れるようになることを願っています。事故から時間が経った今も、「もう一度、自由に歩かせたい、自分の手や指を使って、もっといろいろなことをさせたい、踊りが大好きだったので、自由に踊れるようにさせてやりたい。そして、周りの人たちと一緒に、毎日の生活を楽しませたい」というマイワーちゃんの家族の願いは変わりません。