ガザにおける最大の課題は、子ども時代そのものを再建すること

世界の医療団の心理士、ヌール・Z・ジャラダはガザで生まれガザで育ちました。フランスの新聞『リベラシオン(Libération)』でガザの日常について語っています。

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約3年間、世界はガザの子どもたちについて統計を通して語ってきました。何人が殺されたのか? 何人が負傷したのか? 何人が避難を余儀なくされたのか? 何人が孤児になったのか? その数は驚くべきものです。ユニセフによると、2023年10月以降、ガザ地区では2万1000人以上の子どもが死亡し、4万1000人以上が負傷しました。さらに、100万人以上の子どもがメンタルヘルスケアと心理社会的支援を必要としていると推定されています。これらの数字は衝撃的であり、私たちの記憶に深く刻み込まれなければなりません。しかし、統計の裏には、もう一つの物語が展開されています。それは、数値化するにははるかに複雑な物語です。犠牲者リストや人道支援レポートには表れません。この物語は、戦争がいかにして子どもの日常生活に徐々に忍び寄り、彼らの経験だけでなく、世界を理解するための言語をも形作っていくかを語っています。

メンタルヘルスの専門家として、私は常に言語と発達のつながりに魅了されてきました。子どもたちは言葉を通して世界を学びます。言語は、子どもたちが自分の経験を理解し、感情を表現し、人間関係を築き、未来を想像する助けとなるのです。通常、子どもの語彙は「学校」「遊び場」「友情」「誕生日」「休暇」「夢」「発見」といった言葉で溢れています。これらの言葉は、子どもたちが安心感、帰属意識、そして可能性を感じながら成長するのに役立ちます。しかし今日、ガザでは、多くの子どもたちが全く異なる語彙の中で育っています。「避難」「人道回廊」「援助物資の配布」「飢饉」「ドローン」「軍事座標」「安全地帯」「停戦」、そしていわゆる「イエローライン」―これらは、日常会話の一部となっている言葉です。子どもたちがニュースで偶然耳にする言葉ではありません。これらは、彼らの日常生活、そして彼ら自身の記憶の中に織り込まれた言葉なのです。多くの子どもたちにとって、避難命令や「指定地域」(イスラエル軍が民間人のために「安全」と指定した地域、編集者注)、停戦前後の時間帯について話すことは、学校のスケジュールや遊び場での活動について話すのと同じくらい自然なことになっているのです。

長年にわたり、ガザ地区の子どもたちを支援するメンタルヘルスチームと活動する中で、子どもたちが周囲の世界をどのように表現するかに、しばしば強い印象を受けてきました。ある子どもたちは「地理」よりも「GPS座標」を、また「車での移動」よりも「避難経路」を、そして「学校生活」よりも「支援物資の配布」について語ります。また、ドローンの音を驚くほど正確に識別できる一方で、普通の学校生活を思い出すのに苦労する子どもたちもいます。彼らの幼い頃の記憶は、次第に移動、不安、度重なる避難、そして生き延びることといった出来事で満たされていきます。戦争の言葉が子ども時代の言葉よりも身近になったとき、一体何が起こるのか、考えずにはいられません。

戦争は神経系に深く根を下ろします


この変化の影響は、語彙の変化にとどまりません。健全な発達のためには、子どもの脳は安心感、安定性、そして予測可能性を必要とします。子どもたちには、日々のルーティン、人間関係、遊びの機会、そして明日も今日と同じように過ごせるという確信が必要です。こうした基盤が長期間失われると、子どもたちは不確実性と脅威に満ちた世界に適応せざるを得なくなります。ガザ地区全域に派遣されたメンタルヘルスチームは、多くの子どもたちに慢性的な不安、睡眠障害、過覚醒、精神的苦痛、集中力の低下といった症状が見られると報告しています。

私が最も懸念しているのは、戦争の心理的影響は停戦宣言で終わるわけではないということです。トラウマは政治的な思惑とはほとんど関係がありません。たとえ戦闘が収束しても、子どもたちは長年にわたる危険への不安を抱え続け、その精神的・生理的な影響を背負い続けます。ニュースが別の話題に移っても、多くの子どもたちは過去の記憶と、次に何が起こるかという恐怖の間で身動きが取れないままです。戦争は神経系に深く根を張り、たとえ視界から消え去った後も、長い間そこに残り続けます。

メンタルヘルスの専門家として、私たちはトラウマが暴力への直接的な曝露によってのみ伝わるわけではないことを知っています。トラウマは、共有された物語、恐怖、対処法、そして記憶を通して、世代から世代へと静かに受け継がれていくのです。ガザ地区は何十年にもわたり、幾度となく戦争を経験し、多くの親が未解決のトラウマを抱えながら子どもたちを育てています。現代の世代は、個人的、家族的、そして集団的なトラウマが交錯する中で成長しており、その結果生じる心理的な影響は、数年後にようやく完全に明らかになるでしょう。

子どもたちのための空間を確保することが急務であると考え、世界の医療団は、複数のプライマリーヘルスケアセンター内に、子どもたちの心の安らぎを育む空間を設けました。これらの空間は、子どもたちが直面する現実を変えることはできませんが、子どもたちにとってかけがえのないもの、つまり一時的な日常への回帰を提供します。心理社会的活動、創造的な表現ゲーム、読み聞かせ、お絵かき、ディスカッショングループなどを通して、子どもたちは普通の子ども時代と同じような瞬間を体験することができます。

たこ揚げ、数少ない心の支え


私たちのチームが特に感動したのは、こうした何気ない瞬間が、特別なものへと変わっていく様子でした。数え切れないほど多くの子どもたちにとって、これらの心の安らぎを育む空間は、年齢に合ったおもちゃを見つけたり、クレヨンを手に取ったり、自由に紙に絵を描いたり、物語を読んだり、あるいは単に子ども向けの活動に参加したりできる唯一の場所なのです。破壊、避難、そして日常の崩壊に満ちた現実の中で、色鉛筆の箱や一枚の白紙が、子どもたちの熱意と喜びを呼び起こすのに十分なのです。

子どもたちが色を丁寧に選び、誇らしげに絵を見せ、遊びに没頭する姿を見るのは、素晴らしくもあり、同時に胸が張り裂けそうになります。素晴らしいのは、あらゆる困難にもかかわらず、子どもたちの驚くべき想像力が垣間見えるからです。そして胸が張り裂けそうになるのは、こうしたささやかな瞬間が、あまりにも稀少になり、かけがえのないものになってしまったからです。色鉛筆の詰め合わせが贅沢品となり、絵本が貴重な宝物となり、安全な場所で遊ぶことが一週間で最も待ち遠しい時間となった時、私たちは子ども時代がすでにどれほどのものを失ってしまったのかを痛感します。

ガザの子どもたちは、何世代にもわたって屋上や広場、海岸線でたこ揚げをしてきました。たこは常に、自由、想像力、好奇心、そして喜びといった、シンプルでありながら本質的なものを象徴してきました。戦争中、おもちゃが不足し、遊び場が失われるにつれ、多くの子どもたちは瓦礫の中から拾い集めたプラスチックの切れ端、紙、糸、木の破片でたこを作り始めました。避難民キャンプや仮設住宅では、こうした手作りのたこは、数少ない慰めと心の安らぎの源となりました。

しかし、子ども時代の限られた空間さえも、戦争の現実に巻き込まれてしまいました。たこ揚げは子どもたちを軍事攻撃の標的にする可能性があるという警告を受け、多くの親は子どもたちに残された数少ない遊びの一つであるたこ揚げをさせるのを恐れました。中には、たこ揚げを完全にやめるように言われた子どももいました。紙と糸でできたおもちゃは、突然、自由ではなく恐怖の象徴となってしまったのです。

戦争は、多くの子どもたちの幼い頃の記憶の背景となっています


私はしばしば、このイメージが象徴するものに立ち返ります。ドローン、偵察機、爆撃が何年も支配する空の下で、破壊の残骸で作られたたこを手に立つ子ども。世界のほとんどの地域では、たこは想像力と可能性の象徴です。ガザでは、たこさえも戦争の論理に翻弄される存在となってしまいました。

遊びさえも不安の源となるほど狭い空間に閉じ込められた子ども時代には、深く心を痛めるものがあります。復興と回復に関する議論がますます活発化するにつれ、住宅、学校、病院、インフラの再建に自然と注目が集まります。しかし、おそらく最大の課題は別のところにあります。それは、子ども時代そのものの再建です。長年にわたる避難生活、恐怖、そして生き残りをかけた日々を経て、子どもたちが安心感、遊びの喜び、そして戦争後の未来を想像する自由を再び取り戻せるよう、私たちはどのように支援できるでしょうか。

ガザの未来について考えるとき、私はこの戦争の中で育った子どもたちのことを思い浮かべます。彼らの多くにとって、戦争は子ども時代を中断させた単なる歴史的出来事ではなく、幼い頃の記憶の背景であり、世界を理解するための言語そのものなのです。戦争の最も深い傷は、破壊された建物や公式統計には必ずしも表れません。それは時に、居場所よりも避難を、遊びよりも生き残りを、希望よりも恐怖を先に学んだ子どもの語彙の中に現れることもあります。ガザの未来を本当に理解したいのであれば、私たちはその子どもたちの声に耳を傾けなければなりません。彼らの言葉は、彼らが耐えてきた苦難だけでなく、私たちに課せられた計り知れない責任―いつの日か彼らが再び「子どもらしさ」という言葉を学び直せるようにすること―をも明らかにしているのです。



9月25日掲載 Libération

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