ラオス・プロジェクト座談会: 早川依里子医師X木田晶子看護師

ひとりでも多くの子どもに健やかな成長を
ラオスでは、医療基盤が整備されていれば治療可能である下痢や肺炎などによって、助かるはずの多くの子どもの命が失われていました。
そのような状況のもと、南部チャンパサック県の保健当局からの要請により、2012年10月より3ヵ年計画でラオス小児医療プロジェクトがスタート。
2015年12月で現場活動は終了し、今後のモニタリング計画について検討をはじめています。

早川依里子小児科医は当初からこのプロジェクトに参加、木田晶子看護師は2年にわたりラオスに駐在し活躍されました。世界の医療団ラオスプロジェクトの中心メンバーであるお二人に、プロジェクトを終えた今お話を伺いました。


世界の医療団(以下、MdM):プロジェクトを開始したときのラオスの印象はいかがでしたか。

早川依里子医師:ラオスに行ったのは初めてなのですが、周辺国と比べても圧倒的に医者が少ない。特に農村部では顕著です。それから、基礎教育を含めた教育システムが充実していないため、農村部では簡単な看護、医学教育しか受けていない人が医療者になっているという現状があったり、病院の医療機器が少なかったり。医療事情については非常に厳しい状態であると感じました。

2013年9月から現地駐在員として活動してきた木田看護師。
駐在したからこそ成し得た毎日の積み重ねと感じられた変化。



MdM:現地ではどのような活動をしていたのですか?

木田晶子看護師:プロジェクトの内容が大きく分けて4つあるのですが、1つ目は医療施設の医療基盤の整備。水や電気など、基本的な設備が整っていないので、井戸に電動ポンプを設置し、屋内の蛇口につなげたり、配線の整備をしたり、あとは最低限の小児医療器材を揃えました。2つ目はスタッフの人材育成ですね。ラオスにはまだ看護師、医師の国家試験がないんです。スタッフのレベルは高くないですし、現場では勉強する機会もない。そのような中で、ヘルスセンターにおけるアドバイスとか、あとはクオータリートレーニングといって、3か月に1回、大きなトレーニングを行いました。3つ目は、住民への健康教育。農村部では、病気になっても病院に行こうっていう概念すらありません。子どもにこういう症状が出たら病院に行きましょうということを伝えました。4つ目は県や郡保健当局とのコーディネーションです。十分な資金がないので、保健局の人たちが郡内に数箇所あるヘルスセンターに行ったり、村に行ったりする機会がないんですね。それでも彼らは住民が直面している医療保健環境の現状を知る必要があるので、一緒に問題点を見てもらって解決策を探るというようなコーディネーションをしていました。


MdM:人材育成のお話がありましたが、チャンパサック県での活動を通しておふたりがラオスの医療技術に対して持たれた考えを教えてください。

木田看護師:小児医療に限らず、全般に言えることなのですが、診察のときに患者さんの身体に触れないんです。例えばおなかが痛いっていう患者さんが来ても、おなかを触ったり聴診したりしようとしないんですね。基本的なことですが、肺なら異常音はどういうので、肺炎ならこういう音が聞こえるとか。それを一緒に確認し合いながらやっています。診療技術の基本ですね。

早川医師:ラオスの学校でも診療技術を教えてはいるんですよね。触れないというのは習慣的なことなのかしら?

木田看護師:それもありますし、そうしてひとりひとり診ていくと、10分15分って使ってしまう。それを嫌がっている印象がありました。簡単な診察をしたところで患者さんも何も言いません。


MdM:そのような背景があって病院に行かないという人たちもいるのでしょうね。

木田看護師:そうですね。それと、スタッフの対応が丁寧ではない、勤務時間に来ていない、というヘルスセンターは村人からの信頼がなく、患者さんも少なかったです。そういうところばかりではないんですけれどね。





早川医師:それぞれのヘルスセンターの違いはどこにあるか、木田さんから見ていかがでしたか?やはりキーパーソンの存在?

木田看護師:リーダーですね。リーダーが部下をまとめるのがうまいとか、向上心があるヘルスセンターはスタッフのやる気もありました。


MdM:そうすると、それぞれのヘルスセンターの特性に合わせてアプローチを変えるなど、木田さん側で工夫されていた?

木田看護師:そうですね。それと、プロジェクトが進むにつれて患者さんの数も増えてきて、スタッフに自然と自覚がでて少しずつ行動変容につながっていったという実感もありました。

定期的にラオスに渡り、現地医療スタッフへの研修を担当していた早川医師。
途上国での医療支援の難しさとラオス独特の問題。



MdM:研修の内容について教えてください。

早川医師:対象は郡病院とヘルスセンターのスタッフで、職種は医師、看護師、助産師でした。どういう教育を受けてきたか、また年代によってレベルは様々でした。ラオスには小児科学という概念での教育がないということでしたので、最初の研修では紹介的なお話から始めました。小児医療に限らず、途上国での医療支援で問題となるのは、現地側からこういう医療機器がほしい、あなたたちの国の治療はどうなのか、私たちも導入したい、ということを言われるのですが、現実問題として、日本と同じような治療をすることは難しい。まず大切なのは診察。患者さんからきちんとお話を聞いて、自分で診察をしてその上で診断する。そのプロセスが抜けて治療ということはできない、ということを伝えてきました。ラオスの小児医療では、政策としてIMCI を導入して力を入れていたのですが、それだけではなく、診察のプロセスと自分で考えることが大切です。そのため、参加型の研修を取り入れて、ケーススタディーやロールプレイングをメインにしました。プロジェクト後半の研修では、現地の人たちが自分たちで研修を継続していくということを目標にしていましたので、県病院の医師に研修をやってもらう機会を増やしました。


MdM:日本とラオスの小児医療に大きな違いがある中で、早川さんが研修を行う上で注意していたこと、大切にしていたことなどはありますか?

早川医師:まず、小児医療というものが確立されていないので、小児と大人は違うということを理解してもらうことに努めました。それから、例えば、彼らがやっていることが医学的に間違っていることがあっても、すべて否定するのではなく、きちんと理解されるように話をもっていくようにしました。パートナーシップという関係を大切にしていく中で、その辺りは重視しました。

木田看護師:プロジェクト後半で現地の医師が研修を担当するようになり、研修の内容を相談していたときも、彼らの知識が間違っていてもその場で「間違っている」というのは難しいので、一度持ち帰って改めて話し合っていく、というようにしていました。どうやって伝えるか、というのは挑戦でしたね。

早川医師:例えば、小児では熱性痙攣がよくあります。最初にやるべきことは、痙攣時の対応としての気道確保なのですが、昔からどこの国でも舌を噛むことを心配して、口にものを入れて解熱剤を注射するっていうことが優先されてきたんですよね。この認識はラオスだけではないのですが、ラオスの問題点は、それが医学教育の中で教えられてきたということでした。

木田看護師:もしそれを「違う」と言ってしまったら、ラオスの医学教育を否定することになってしまうので、それは直接医師に言うのではなく、県の保健局にラオスの教育ではどのようになっているのかを確認する。

早川医師: 私たちの役割としては、まずは正しい知識を伝えていくこと。時間はかかるけれども、長い目で見て、焦らないということが基本かなと思います。

“病院に行く”という習慣が定着していなかった。
では、住民たちはどうしていたのか。



MdM:伝統的な治療方法などはありましたか?

木田看護師 伝統的な治療法として、薬草を摘んできて、それを潰して患部にあてるとというのがありました。小児医療に関わることとしては、出産後の女性は数週間から1か月くらいの間、子どもと一緒に火のそばにいなくてはいけない、という習慣がありました。お米と生姜と塩しか口にしてはいけないという食事制限もあり、母乳栄養にも影響があるので、きちんと食事をするようにお願いしていました。


MdM:西洋医学を拒否するということはありましたか?例えば予防接種など。

早川医師:健康な人に注射を打つことへの抵抗ですね。副反応で熱が出ることに対しても。例えば、麻疹なら1,000人に1人の割合で脳炎・脳症にかかる可能性があるのが、予防接種をすれば100万人に1人に減る、だから予防接種をしないといけない、ということを理解してもらわないといけません。

世界の医療団の活動地では、2012年には全5歳未満児の4人から5人に1人が1年に1度医療施設で外来受診する程度だったのが、2015年にはひとり1回に(同一患者でも1回の受診を1人と数える)。


MdM:受診数が増えたということで、数字をみるととても大きな成果だと思いますが、目標は達成されたと思いますでしょうか。

早川医師:そう思います。数字に表れた受診者数の増加は、医療費を無料にしたからという理由だけではなく、ヘルスセンターを身近に感じて、病気のときに行くところなんだという意識を持ってもらえたというようには感じています。

木田看護師:私も同感です。毎日、村におもむいて健康教育をしていると、住民の意識が変わってきたのを感じました。あとはリピート率が上がってくれることですね。


MdM:いまの率直なお気持ちをお聞かせください。

早川医師:自分たちが去ったあとも活動が現地保健当局によって継続されていくかどうかがすごく気になるところですし、それを考えながらこれまでの活動をしてきました。ラオスの人たちと一緒に蒔いた種がどうやって育っていくか楽しみですね。行動変容の難しさというのは感じてきましたが、何年もかけてやってきたことですので、これからに期待したいですね。

木田看護師:医療費の無料化制度があるかどうかに関わらず、心配なことがあったらヘルスセンターに行くっていう行動が続くかどうか・・・期待したいですね。


*本プロジェクトは資金の一部を「日本NGO連携無償資金協力」の助成を受けて実施しています。

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