視点・論点 「生きづらさを支えるということ」 2012年02月28日 (火)

世界の医療団 森川すいめい(精神科医)

視点・論点 「生きづらさを支えるということ」 2012年02月28日 (火)
 
ご家族を亡くした方、家や仕事を失った方、生きてきた理由を失った方がおられます。この先どのように生きたらいいのか不安で仕方がないと言います。

その不安には、二つの種類があります。一つは、経済的なことや環境の変化であるといった、すなわち、生き方の具体的な変化に対応できるのかという不安です。もう一つは、震災時に強いショックを受けた、たとえば、目の前で突然ご家族が亡くなったという記憶、自分があの時こうしていればよかったというような後悔の記憶、そうした感情を大きく揺らす記憶を抱えながら、未来を生きられるのかという不安です。

さて、震災後、「こころのケア」が必要だということが、多くの場で語られました。本日は、「こころをケアする」ためには、何をどう考えて、どのようにしたらいいのかについて議論したいと思います。

私は、精神科医として、3月末より岩手県に入りました。現在もほぼ毎週、現地に行っております。この中で、一番、私たちが悩んでいたことをご紹介したいと思います。それは、「支援を届けたい人に、支援が届かない」ということでした。「眠れないと言う人がたくさんいる」「苦しいという人がたくさんいる」。だからこころのケアが足らない、という議論が多くの場でありました。しかし実際は、数多くのケアチームが現地に入っていました。多くのチームの悩みは、本当にこころのケアの必要な人に、ケアが届かないということでした。

こうした中で、私たちは、戦略と、活動のコンセプトや理念を練り直す作業を行いました。医療チームというのは、戦略を考えていくことが苦手です。よい物をもっているのですが、よい物を人に届ける活動が苦手だということです。結果的に支援の成果が上がりませんでした。しかし事実は、こころのケアによって、明日を生き抜く力を回復する人たちがたくさんいるということでした。

震災から11か月が経った時に、「よく眠れないんだ」と言った方と出会いました。「目を瞑ると、後悔の映像が見える。身体は、後悔の記憶を持っている。大切な人を助けられなかった」と。この時初めて、この方が、私たちとつながったのです。私たちは、成果を第1に考えていました。一生懸命な気持ちだけでは、誰も助けることができません。成果、すなわち、「明日を生きられないと具体的に思っている人と出会うこと」を高めるために、何をどうするのかと考え続け実践してきました。この方との出会いは、支援活動方法の確信につながりました。

それでは、私たちがどのように戦略を立てたのかについてご紹介いたします。

まず、私たちは、ゴールのイメージを決めることから始めました。ここで使うゴールという言葉は、「どのような世界になっていたらいいかというイメージ」のことを指します。ゴールは、自らいのちを断つこと、その選択肢しかないと思っている方に、自死以外の方法、自分の助け方を、誰もが届けられる地域になっていることでした。それも、できるだけ早い段階にです。

ゴールが決まった後で、次にしたことは、具体的な方法を考えることでした。方法を決めるにあたって、第1に行ったことは、私たちは「誰に会わなくてはいけないのか」を決めることでした。それは、「自死を選択せざるを得ないと思っていて、待てない人」であります。生き辛さを抱えている人は、当然ながら、あまりにも多いわけです。その上で、今、自死を選択せざるを得ない人とは誰なのかを、私たちは掘り下げて検討しました。ここで重要な点は、できるだけ具体的なイメージに結びつくまで、言葉を掘り下げていく作業です。「自死を選択せざるを得ない人」という言葉で、それが誰なのかをイメージできるでしょうか。具体的なイメージができなければ、誰に何をどのようにして届けるのかが考えられません。私たちは、次のようにイメージしました。

地域には、「人に相談できない人」が多くいました。相談できないというのは次の4つのタイプがありました。「自分の弱さ」を知られたくない、相談をすることで何がどうなるのかわからない、相談をしに行くエネルギーがない、相談できる情報がない人でした。

また、何を届けなければならないかの検討もしました。それは、「睡眠の方法」でした。自死を選択せざるを得ない人で、待てない人というのは、十分に休めていない人であります。気持ちが落ち込んだり、不安が強くなると、睡眠を十分にとることができません。とにかくまずは、しっかりと眠れることを届ける必要がありました。眠れてさえいれば、少し待つことができます。時間が、回復させてくれることがあります。しかし、眠れない場合は、長く待つことができません。

ゴールのイメージ、誰に会わなければならないのか、何を届けなければならないのか、以上の3点を具体的にしたことから私たちは、「眠りのコツ講座」を展開することにしました。眠れないという人の中で、医者に相談ができている人は、眠れないという状態を認識できていて、眠れないことが解決できると知っている。誰かに相談ができています。私たちが出会わなければならない人は、眠れないことが解決できないと思っている人でした。そこで、眠りにはコツがあるのだと宣伝する必要がありました。講座開催そのものが、宣伝活動になりました。また、講座開催の宣伝は、地域の支援職の方々が行ってくださいました。支援職の人たちも講座に参加くださるので、眠るコツを習得することができます。つまり、自死に近い人にできるだけ早く支援が届くというゴールが達成されやすくなります。さらに、相談しても仕方がないと思っている人や、相談するエネルギーがない人へのメッセージとして「講座」というタイトルをつけました。相談ではなく、コツを学びに来る場として設定したのです。最も気を付けたことは、参加することで「弱さ」を周囲に知られてしまう不安を解消する工夫です。眠りのコツというネーミングは、眠れている人でも、もっとよく眠れる方法がある、すなわち、自分が弱いから参加するのではない前向きなメッセージを込めました。

こうして、ご参加くださる方は、元気な方も多く参加されましたし、その中で苦しい思いの人もいました。今までは、この苦しい思いの人に出会えなかったのです。

私たちはこうして、もしかしたら明日、自死を選択してしまう人たちに、出会い、具体的に自分の助け方を身に着けられる方法を伝えることができるようになりました。

本日の、私の主張は、被災地には、まだまだ多くの、生きることがつらいと思っている方がいることでありますが、同時に、その方たちへ支援を届けるためには、気持ちだけではダメだということです。具体的に何をどうしたらいいのかという方法論を学び、実践を続ける必要があるということです。以上の私たちの試みは、まだ本当によい形だとは思っていません。これからも改善を続けていくと決めています。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/111317.html

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