©Kazuo Koishi

シンポジウム「日本におけるハームリダクションを考える」レポートVol. 1 - ソーシャルワーカーや医療者が「あなたはこんな問題を持っている、だからこれをしなさい、あれをやった方がいいです」というのは効果的ではありません。代わりに何をすべきか、まずは「聞く」ということー

台風の接近が心配される中、200名を超える方々に参加いただきました。告知からの反響の高さ、そしてどうハームリダクションを伝えればいいのか、何ができるのか、答えはあるのか、開催にかかわった人々のほぼ全員が同じ問いかけを持ちながらのシンポジウムが緊張の中、始まりました。
この場で話されたひとつひとつの言葉を伝えることで、それぞれの社会でのハームリダクションを考える機会にしていただきたいという思いから、講演いただいた方のお話をできるだけそのままに4回に分けてご報告したいと思います。

まずは「ハームリダクションとは何か?」をテーマに世界の医療団フランスのハームリダクションアドバイザーのエルンスト・ウィッセ氏の講演から。エルンストは、世界各地の現場での実践者として、自らもコミュニティに参加しピアワーカーと協働し、地域、国、時に国際機関向けに政策提言を横断的に行い、ハームリダクションプログラムを立ち上げ、拡げてきました。どこであっても支援者目線ではない視線でそこに集う人たちと向き合っています。

医療アクセスは普遍的な権利、よき市民であるとか、何かをしているとか、収入を得る方法などによって、制限されるものではありません。 
ハームリダクション、車の運転に例えると、運転には危険が伴いますが、政府がシートベルト使用などの規制を設けることで危険が減ること、それがハームリダクションのコアです。やめさせることではなく、自分たちで選択してもらう、その選択をするときにリスクの少ないやり方でやってもらうということ。

シンポジウム「日本におけるハームリダクションを考える」1980年代のヨーロッパ、薬物使用とHIV/エイズが問題になっていました。シリンジを交換すれば感染が防げることがわかり、各地で注射針、注射器交換プログラムがスタートしました。スイスでは夜間、公園を開放し医療者やソーシャルワーカーもいる中で違法薬物の使用や取引ができるようにしました。社会から押し出してしまえば、接点がなくなってしまう、それは社会にとって更に大きなリスクになるからです。
MdMは1980年代にハームリダクション・プログラムをスタート、その頃はプログラム自体も違法でした。それでも健康でいる権利はあると注射器を配りました。以降、世界各地でMdMのハームリダクションの介入は拡がり、薬物使用者だけでなくセックスワーカー、LGBTIコミュニティなどに対して取り組みを行っています。
公衆衛生の観点からお話すると、ハームリダクションのそもそものきっかけはHIV/エイズの流行でした。薬物を使用する5人に1人はHIV陽性、私の関わってきた人々の半分以上がHIV陽性、今もHIV/エイズで亡くなる人もいます。これは特殊なケースではなく、彼らを犯罪者として扱うからなのです。社会から締め出してしまうことで彼らは脆弱な存在になってしまうのです。セックスワーカーでいえば、犯罪者扱いされている、予防ツールが与えられていない、特にアフリカですね、HIV陽性率が非常に高い。UNAIDSではHIV新規感染者の半分をキーポピュレーション(注射薬物使用者、セックスワーカー、LGBTIなど)が占めるとの報告がありました。

世界のC型肝炎の新規感染者4人に1人が薬物注射を行う人々ですが、WHOの会合でも薬物使用者の予防を語る人はいませんでした。公衆衛生上、強調しなければならない点だと思います。 
公衆衛生の成果の話をします。ハームリダクションを採用した薬物政策の導入如何また導入時期によりHIV/エイズの感染率に開きがあることがわかっています。エビデンスベースでも、ハームリダクションがHIV/エイズ感染を予防していることがわかります。清潔な注射器とメタドンを組み合わせればHIV感染を3分の1に下げることができます。これら圧倒的なエビデンスが、ハームリダクションは功を奏していると示しています。

シンポジウム「日本におけるハームリダクションを考える」 人を犯罪者としてみなせば、社会システムから疎外し孤立させてしまい、意図的に見たくない、見えない存在にしてしまう。非常に劣悪な環境で暮らしている人も見てきました。孤立している、路上で暮らしている、誰もいない場所で隠れて生活している、オーバードーズしやすい、暴力に遭いやすい、精神疾患にかかりやすい、治療を受けられない、多くのリスクに晒されてしまう。公衆衛生として、社会からの排除、非社会化される点も考えなくてはなりません。

人権の話に移ります。何度でも繰り返します。誰かが薬を使用し法律上犯罪者であるからといって、権利が他人と変わることがあってはならない、意思に反しどこかに閉じ込めるようなことがあってはならないんです。
世界人権宣言にあるように誰かの基本的人権が失われることがあってはなりません。誰であっても最高水準の医療を受け、尊厳ある生活を送ることができる、これが人権の原則です。人を罰することは医療とは呼べません。

ハームリダクションの基本理念についてお話します。ハームリダクションは感染症予防にとどまるものではなく、手をさしのべること、たとえば路上にいる人に接触することもそうです。もし性的サービスが法的に禁止されているのであれば、そういったことは隠れた場所で行われているはずです。そこにいる人たちを医療につなげるのは難しい、排除されているからです。だからこそハームリダクションが必要になってくるのです。
薬物を使っている人が病院に行って「私は薬を使っているのですが、診てもらえますか?」とは言えないんです、スティグマがあり過ぎて。だからこそハームリダクションがその人たちと医療をつなぐエントリーポイントになるのです。
それから患者中心のケアです。ハームリダクションの観点で、薬物使用者やセックスワーカーに対し医療だけでアプローチしていくのはとても危険です。ワーカーや医療者が「あなたはこんな問題を持っている、だからこれをしなさい、あれをやった方がいいです」というのは効果的ではありません。代わりに何をすべきか、まずは「聞く」ということ。「あなたのためにできることはありますか?」と聞くことです。そして、どのように自身でケアし、自分を守るかということを伝えるのです。
さきほど「当事者」という日本語を教えてもらいました。これは「自身で自身の人生の決定をする能力を持つ」ということだと聞きました。人権のひとつでもある医療とは、誰かが勝手に他人の何かを決めることではなく、その人にその人の人生の決定を行う能力を与え自身で決定を行えるようにすることだと思います。

薬を使っている人、セックスワーカーと働くには、まず彼らの言葉や話を知るべきです。まずそのコミュニティに行って話す、彼らのことは彼ら自身が一番良く知っているからです。私たちの活動は、そのコミュニティの最前線にいる人たち、つまりピアワーカーとともに働くことを大切にしています。
それからハームリダクションの理念の中で私がもっとも気に入っているのがコミュニティ・エンパワメント、これこそハームリダクションの核になるものだと思っています。
その人がもつ能力や力を自身が気づき、活かせるようにすること。

最後の理念、ハームリダクションを遂行する中で、公衆衛生の位置づけは重要であることは政府を含め我々もわかっていることです。HIVは目を閉じても、背けてもなくなりません。もっとも脆弱な立場にいる人たち、キーポピュレーションに向き合わなければならないのは、それがHIVの蔓延につながるからです。そして蔓延を止めたいのであれば、脆弱な立場にいる人たちを犯罪者扱いしてはならないのです。犯罪者扱いすれば、社会システムから疎外され、それは公衆衛生のバランスをも崩してしまう。そうすれば、感染症の廃絶に至ることはないでしょう。非犯罪化なくして、HIV/エイズなどの感染症の根絶は実現しない、という考え方です。

ハームリダクションとは何か、、、、社会には理想的な市民という概念があります。最初は、その理想像にあてはまらない人たちを変えようとしました。断薬させる、収監させる、取締まるというようなことです。しかしそれは事態をより悪化させるだけ、そこで出てきたのがハームリダクション・アプローチです。「止めさせる」ではない、多くの科学的根拠をもとにしたより実用的なアプローチで効果を高めることができる、道徳云々ではない、より実践的なアプローチ。「変える」「強制する」のではなく、彼ら自身もしくは社会が負うリスクを減らすことを考えます。冒頭に車の話をしましたが、運転を止めさせるのではなく、ある仕組み作りをして、車を運転するリスクを下げるのです。人権と公衆衛生に基づき社会正義と人権へのコミットメントを概念としています。

それではハームリダクションはどのように導入したらよいのか、包括的なサービスと呼ばれる、コンドームや注射器を配る、検査、教育活動をする、などありますが、ここで社会サービスが重要になってきます。路上にいる人に「何か問題がありますか?」と聞くと「HIVが陽性」ではなく、「寝るところがない」「お金がない」「犬が病気だ」「靴を盗まれた」といった答えが返ってきます。だからこそ包括的なアプローチが必要になってきます。WHOも薬物使用者、セックスワーカーなどキーポピュレーション別に様々なアプローチを提唱しています。例えば、日本ではオピオイドの薬物使用者は少ないかもしれませんが、過剰摂取の際にナロキソンを投与します。WHOも薬物使用者がナロキソンを携帯することを推奨していますし、ニューヨークでは警官がポケットに入れています。
コンドームを配布することは啓蒙活動も伴います。ピアワーカーが配ります。注射器の正しい使い方を教えます。なぜ注射の仕方などを教えるのでしょうか?それは使い方も知らなくても教えなくても打つからです。私たちが歯磨きをする以上に、注射するため腕が傷ついていたり、時にひどい感染症に罹っていることがあります。使うなら正しく使ってもらうために教えるのです。それからオピオイド系薬物を使用している人にはメサドン代替療法があります。また、ある程度時間が経って話ができるようになったら、体調を聞いてみて、興味を示してもらえればHIVやC型肝炎などの感染を調べるラピッドテスト(迅速検査)を受けてもらったりもします。
どのようにハームリダクションを実施していくのか、薬物を使用する人自身、そのコミュニティが常にその活動の中心にあるべきです。ピアワークとコミュニティ・モビライゼーションです。


それではもう少しハームリダクションの文脈「クリティカル・イネイブラー」についてお話します。これは「何かを実現するもの、可能にするもの」「ハームリダクションを実現するのに絶対必要なもの、自身を保護するのに絶対必要なもの」という意味です。
私が一番重く感じる構造的障壁は「社会的排除」です。何度も繰り返し言いますが、薬物を使用している、セックスワークを仕事にしている、から平等市民ではないと、社会から排除してしまう、次に薬物使用やセックスワークを止めるべきという言葉が毎回出てくるのです。それが社会的排除です。そこで問題が起きるのです。スティグマと社会的排除、これがそもそもの問題の根源なのだと私は考えます。

二つ目、これは一般的なことであって、医師や看護師はそうではない、と思っている人も多いかもしれません。薬物使用する人、セックスワーカー、LGBTIの人たちからよく聞くのは、彼らが受診すれば医療者にその生活スタイルを批判されるということ。医療に従事する人たちの間にも、スティグマが存在するのです。ハームリダクションの中で医療アクセスを改善するためのプログラムがありますが、それは公衆衛生が適用されていないからです。ハームリダクション・アプローチによる代替策を提供しても、医療制度そのものに適用されないという前提になってしまっている。キーポピュレーションの人たちではなく、我々社会のシステム、制度の問題、つまり公衆衛生セクターでの医療アクセスに問題があるのです。

三つ目、暴力。セックスワーカー、薬物使用者に対していろいろな意見を持つ人がいますが、そのほとんどの人が彼らと話したことがないと思います。

putain de vies ちょうど1年半前、パリ郊外のブローニュの森で実際に起きたことです。セックスワーカーとその顧客が林から出てきて支払いをしようと財布を出した時、強盗が現れました。セックスワーカーは客を守ろうとして、銃で撃たれ殺されてしまいました。スティグマがここにあります。パリのセックスワーカーのコミュニティを守るため、顧客を守るため、セックスワーカーが犠牲になったのです。こういった暴力がキーポピュレーションの人たちのそばで起きているのです。これはセックスワークに従事しているからではなく、犯罪者とされていることに理由があるのです。

フランスでは、30年ハームリダクションをやってきてようやく人々がハームリダクションを理解し、エビデンスを認識し、公共政策でも公衆衛生でもいいんだ、という声も出てきました。でも実際の問題となっているのは薬物政策です。つまり法律によって、これら介入がすべて違法になってしまうのです。だからこそ今も法改正を求めて活動しています。
私たちは他団体、他機関含め、国際的に連携して活動しています。政策を変えようと立ち上がっている人は日本にもいます。

薬物を使用する人10人のうち6人は収監された経験があります。そのほとんどの人たちがただ自分のために薬物を使用しただけ、暴力をふるったわけでもない、刑務所にいる理由がない人たちです。収監されることで問題が起きるのです。犯罪者として扱われてしまうことで、出所してからの社会復帰は難しくなってしまいます。
セックスワーカーについても同様です。セックスワーク自体が違法か合法だけではなく、この条件であったらいい、これはダメ、と非常に複雑です。調査した100ヶ国のうち何らかの形でセックスワークが合法とされているのは半数でした。まだまだスティグマと法的な問題があります。

キーポピュレーションがWHO(世界保健機関)の会議に参加した結果、これまでのリコメンデーションは、どういった薬を使うのか、どういったベストプラクティスがあるのか、といったようなものだったのが、医療の側面だけで語ってはいけないということがわかってきました。そうしてようやくコンテキスト自体を見た上で政策提言を行わなければならない、抑圧的な政策をやめ、非犯罪化へ、と進んできました。私たちはこれらをクリティカル・イネイブラーと呼んでいます。法規制、その実践を変え、社会から排除しない、意味ある形で彼らがハームリダクションにエンゲージできるよう反差別的な法規制のもと、キーポピュレーションの医療アクセスを可能にしなければなりません。コミュニティが参加し、エンパワメントされ、その結果、暴力がなくなる。WHOの会合で提唱されたのは、ハームリダクションは医療介入だけでなく、クリティカル・イネイブラーの形で考えなければならない、ということでした。

シンポジウム「日本におけるハームリダクションを考える」 最後にケーススタデイで「ロータスバス」というパリでの中国人セックスワーカー向けのプログラムについて、お話したいと思います。長く続いているプログラムです。中国人セックスワーカーが集まる大きなコミュニティが4か所あるのですが、彼らの多くが医療アクセスもなく、暴力の対象になりやすい存在です。ほとんどのセックスワーカーは中国語しか話せません。通訳、医療ボランティアやソーシャルワーカーを乗せたバスが週に数回でコミュニティに赴きます。希望やニーズがあれば、医療を提供し、暴力被害があれば必要に応じて警察にもつなげます。避妊具を配布し、法的扶助や教育活動を行います。

薬物を使う、セックスワークを仕事にする、同性愛者やトランスジェンダーである人たちが、社会から排除されることがあれば、私たちは戦います。彼らもみな同じ権利を持っているのです。
ほとんどの場合、脆弱性は社会の側にあります。スティグマや差別が人々をより困難な状況に追いやることを理解してほしいのです。


©Kazuo Koishi

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