©Kazuo Koishi

ロヒンギャ難民コミュニティ支援プロジェクト:これからも必要なキャンプでの活動、安全な活動基盤を!

今年8月21日、ロヒンギャ避難民のミャンマーへの帰還が試みられたが、ミャンマーでの安全と保障に懸念を示すロヒンギャの人々から今回の帰還を希望する人は一人もいなかった。
そして2017年の大量避難の日から2年、ロヒンギャの人々が「ジェノサイドの日」と呼ぶ8月25日には20万人が集まる集会が開かれた。

多くの支援団体が事務所を構えるコックスバザールの街は、2017年の夏以降ビルや外国人住居の建築ラッシュが続き、日に日に街の様子は変貌していく。

今、現地では日に日に反NGOの論調が高まっている。

「ロヒンギャ大量避難によって、コックスバザール市内の物価は跳ね上がりホストコミュニティでは格差が広がっています。大量流入から2年が経ち、もともと豊かではない現地住民の我慢も限界に達しています。

帰還はうまく進まない、支援団体がいるから格差は広まり、治安も悪化、ロヒンギャも出ていかない、そのロジックで現地住民の間に反支援団体の論調が高まっているのです。キャンプを統括する当局にも批判の矛先が向き、世論は反NGOへと大きく傾いています。

そんな中での大規模集会や殺人事件などの一連の出来事、ガラッと雰囲気が変わってしまいました。
キャンプでは携帯電話、インターネットなどの通信が制限され、離れた家族と連絡することができません。通信の制限は、ロヒンギャの人々とともに働く私たちの活動にも大きく影響を与えています。
災害時の安否確認だけでなく、体調が悪いといったごく日常に起きる連絡もとれません。

私たち日本から派遣されるスタッフのビザ取得も難しくなり、キャンプに入るための許可証申請、キャンプへの検問などの外国人に対する取り締まり強化、国内外の支援団体への攻撃など、目に見えて活動がしづらい状況にあります。

ロヒンギャ難民危機の解決には、当面それは数十年の単位で時間がかかると思っています。状況が見えない中で、人道支援は絶対的に必要であり、もしも支援団体不在の状況になればキャンプもホストコミュニティともに一層の治安悪化につながることは否めません。ロヒンギャの人々がこのままこの状況でコックスバザールの難民キャンプに定住することを望んでいる人は、ロヒンギャ含め一人もいないと思っています。

日本はASEANメンバーとして、またアジアの一国として、バングラデシュ、ミャンマー両国とともに良好な外交関係を築いていますし、ロヒンギャ問題にも積極的に取り組んでいます。
ビザ手続きやホストコミュニティの世論、治安、支援活動に密接に関わることであるにも関わらず、私たちNGOの力だけで解決することはほぼ不可能と言えます。
日本政府には、NGOが安全に支障なく活動できる基盤を整えてほしい、そして日本だからこそできるアプローチで、この問題により積極的に関わってほしいと望んでいます。

通信が制限された当初、同じチームで働くロヒンギャボランティアたちの様子はいつもと変りなく、その忍耐強さに驚いたものですが、言い換えればそれは長年にわたってラカインで迫害を受けてきた過去を
思い起こさせるのです」


MdM日本
ロヒンギャ難民コミュニティ支援プロジェクト メディカル・コーディネーター
木田 晶子


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