©Kazuo Koishi

Ali (43), Shobeer (30), Dil (63)  ーロヒンギャの証言

3人の男性、うちひとりはマジと呼ばれ、地区のリーダーのような存在だ。ロヒンギャ民族としてのアイデンティを奪われた過去と現在を語る場面になると、穏やかだった表情は一変し、その語りが止まることはなかった。話を聞いてから約半月後、キャンプで発行されたIDにロヒンギャという名称を入れるよう抗議するデモが行われた。「ロヒンギャ民族」その名称が今また、この地でも否定された、デモは彼らの怒りの表れだ。

ロヒンギャの証言

Ali(43才)

Ali バングラデシュ政府には感謝している。最初にここに着いた時は助けてくれる人たちなんて、誰もいなかった。今はNGOなどの支援団体が来てくれ、支援サービスがある。本当に感謝している。そのおかげで、今は命の危険なく平和に暮らすことが出来ている。

今、不安なのは、強制的に帰還させられるのではないかということだ。人権と安全が保障されれば、私たちは帰るつもりだと国際社会に伝えたい。






Shobeer(30才)

Shobeer まずバングラデシュの人々、政府にはお礼を伝えたい。ここに住まわせてもらってはいるんだが、それでもやはりここの生活は厳しい。元の暮らしに戻れるのであれば、すぐにでもミャンマーに帰りたいとは思う。
ここでは米、豆、油の配給があって、配給はもちろんありがたいと思っている。でも魚や肉は?仕事もなく、お金もないから買うことはできない。
以前は、クリニックが近くにあったけれど、それもいつのまにかなくなってしまった。治療が受けられないのも困っていることのひとつ。学校も欲しい。子供たちは学校にも行けていない。
ミャンマーへ帰還したい、正当な市民権が与えられるべきだ、バングラデシュの人たちのように、ミャンマーにいたころのような生活ができるようになりたい。

ひとついいかい?君は日本人だから第2次世界大戦に日本と英国がミャンマーで戦ったことを知っているはず。仏教徒とイスラム教徒の戦争になったんだ。その後、ミャンマー政府はムスリムに対して残虐な行為を行い、私たちの土地を取り上げ、市民権を剥奪し、ロヒンギャという民族を消そうとした。日本はこの問題を解決できる力があると私は信じているし、ロヒンギャの人権を保障するよう日本政府にはミャンマー政府に対して働きかけてほしいと思っている。ここで市民権の付与を認めず、ミャンマーに帰還したら付与するという約束は、あきらかに不義理で不当としか言えない。


Dil(63才)

Dil 我々を支援し、ここに住まわせてくれているバングラデシュに感謝を述べたい。支援も感謝はしているが、ここでの生活が長くなるほど暮らしはつらいものになってきた。特に食料、同じもの、米ばかり、配給されるのは米だけ。それと見ての通り、ここはそこら中、子どもだらけだ。なのに、学校がない。いつかミャンマーに戻った時のために、子どもたちはビルマ語を学ぶ必要がある。病院も必要だ。女性や子どもの病気も治療できるような施設がここにはない。

帰還については、不安しかない。ミャンマーには、安全を保障するものも、監視する体制もない。安全と市民権の保障、尊厳あるプロセスのもと、はじめて帰還は実現する。実際、帰還となった場合、IDPキャンプや施設に収容され、そして殺されるのではとみんなが恐れている。バングラデシュ政府や国連は、IDとしてスマートカードを発行しようとしているが、このどこにもロヒンギャという言葉がない。帰還に関する合意書にも、安全や尊厳について何ひとつ書かれてもいない。合意できるわけがない。ミャンマー政府はきちっと書面にして、ロヒンギャという民族を、私たちの人権を保障するべきだ。ロヒンギャは存在している。過去の書類にはきちんとロヒンギャは民族として、認められている。証拠もある。あなたに見せることもできる。ミャンマー政府は家や私たちの生活すべてを破壊した、けれど私たちは今、ここに存在している。


©Kazuo Koishi
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