©Kazuo Koishi

Muhammad (11) ーロヒンギャの証言

話をする間、11才の少年は笑顔を見せることはなかった。質問に対し、時間をかけ考えてから答えていく。声変わりの時期なのか、声がかすれている。
目の前で父を銃殺され、少年自身も銃弾をあび、撃たれたその身体でバングラデシュへと逃げてきた。どんな思いで、山を、川を越えてきたのだろうか。
キャンプでは、6人のまだ幼い弟たちの面倒を見る。家族に成人男性がいないからだろうか、彼が住むシェルターは他の家庭のそれよりも何もない、電気さえもない、貧しさが窺われた。
その後、他の住民にも話を聞いていると、その中を覗き込むこどもたちの中に彼の姿もあった。声をかけると、少年は少しだけ微笑んでくれた。

ロヒンギャの証言

©Kazuo Koishi

2017年8月25日にバングデシュに着いた。ここには、母と6人の弟と住んでいます。僕は長男。今、困っているのは食べ物、特に魚、肉は食べることができません。  

Muhammad 11才 ミャンマーでは、バングラデシュとの国境に近い村に住んでいました。あの日(2017年8月25日)、軍がやってきて僕の家を燃やした。父は、兵士に銃で撃たれ、死んでしまった。僕もここを撃たれた(腹部)。そのまま残りの家族全員で、バングラデシュへと逃げました。 
傷はそのままだった。コックスバザールに到着してすぐに病院へ連れていかれ、そこで手術をしてもらいました。
あの時、僕も父と一緒に家にいたのに、僕は死なず今、こうしている。

ここは暑くて、あんまり好きじゃない。学校にも行っていない。友達はいる。
ミャンマーでは、マドラサ(イスラム教の基礎を教える学校)にも行っていたんだ。
ミャンマーにいた頃みたいに学校に行きたい。
ミャンマーに帰りたい、父がいるから。父のお墓に行きたい。

今、うちに欲しいのは料理ができるようにガス、あと薬。薬が足らないし、効かないんだ。

ミャンマー政府は、ロヒンギャに市民権を与えるべきだと思う。そうしたら僕たちも帰れる。
自分たちの土地、どこへでも好きな時に移動できる自由、教育、それと暴力や差別はなくすべきだ。
あなたに、日本に、お願いがある、それが本当になるようにミャンマー政府に働きかけてほしい。

僕の父はイマームだった。大人になったら、父のようなイマーム(イスラム教指導者)になりたい、小さいこどもたちにコーランを教えたい。

©Kazuo Koishi
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