あきらめの悪い医療団

1979年、ベトナム沖の南シナ海。共産党政権を逃れて海をさまようボートピープルの医療活動をしていた15人の医師とジャーナリストは、国際社会に向けて彼らの現状を「証言」しました。
この活動をきっかけに、海上で瀕死の状態にあった数多くの避難民が救出され、翌1980年、世界の医療団は誕生しました。
時は経ち、くらしや医療が進歩した今もなお、世界には医療から、社会から、置き去りにされた人々がいます。紛争に医療をうばわれたシリアの人々。パリの街角で眠る難民。バングラデシュで火傷の手術を待つ子ども。コンゴのストリートチルドレン。福島であの日と今も向き合う被災者の方。東京の路上で暮らす人々。そこに医療から疎外された人がいる限り、私たちは、治療し、看護し、配慮し、ありのままの現状を世界に向けて証言しつづけます。
私たちはあきらめません。世界中の誰もが治療を受けられる未来を。

科学や技術の進歩は、私たちの暮らしや社会に大きな便益と変革をもたらしました。
一方で、社会から、医療から、教育から、当たり前の何かから置き去りにされる人たちがいます。
まるで技術の進歩と背中合わせになるように、当たり前のなにかを持つ人たちとの間に格差が広がっていきます。

そして、時は経っても、世界のあちこちで、紛争や内戦などの暴力が絶えません。
天災や人災が続き、心身ともに傷を負った人々がいます。

置き去りにされている人たちの状況を変える、心身の傷を癒すこと、そのどちらも、今すぐ可能にできることではありません。
今すぐ変えることはできない状況ではあるけれど、私たち医療団のメンバー、一市民であり、一医療者である彼らに「あきらめる」選択肢はありません。

・・・

福島でのこころのケア、誰もが経験したことのない苦しみを抱える被災者に寄り添い続けた7年半。通い続け、そして話した時間。

雨の日も、雪の日も、暑い日も、池袋の街を夜回りし、医療相談会を続ける、話を聞く、その人の地域社会を一緒に考える。

助かるはずの命を助けたい、長い長い時間がかかるけれど、ラオスの人々とともに小児医療システムを創る。

何度行っても、手術を待つ患者さんが途切れることがない。たとえ命に関わらない病であっても、手術でその子の社会生活が変えられるかもしれない、そのために行き続ける。

ロヒンギャ難民の歴史と複雑な背景。私たちにできることを、未来につながることを、ロヒンギャの人々とともに考え、行動を起こす。


私たちの掲げる医療とは、Careであり、Soigne、治療し、看護し、配慮し、気にかけること。
今日も世界のどこかで、あきらめの悪いボランティアが、パートナー、市民のみなさんと活動に取り組んでいます。
あきらめの悪い医療団


7月23日より東京新聞紙面、その他で、広報キャンペーンを展開しています。
キャンペーンでは、私たちのあきらめの悪いストーリーをご紹介していきます。

7月23日の紙面は「ロヒンギャ難民の今」、ロヒンギャ青年たちの証言とともに、木田晶子看護師のあきらめないストーリーがご覧になれます。

協力:ADKインターナショナル

形成外科医
森岡 大地

 

偏見に晒される傷や疾患を負った子どもたちに、笑顔を取り戻す

ミャンマー
世界の医療団 形成外科医 森岡 大地


森岡 大地医師

「ミャンマー、カンボジアなどの開発途上国と呼ばれる地域では、命にかかわらない疾患の治療は後回しにされやすいんです。口唇口蓋裂などの先天奇形、火傷によるひきつれなどは、近くに専門医がいないことが主な理由で手術を受けることができない人がたくさんいます。手術によって、学校でいじめられなくなった、給料格差がなくなった、結婚できたなど、社会生活が大きく変わったという話を聞きます。手術すれば、疾患だけでなく、その先の社会生活も変えてあげられるかもしれない。だから私は行くんです。15年間ほぼ毎年、手術をしに開発途上国に行っています。でも、まだ多くの人が手術を待っています。すべての人が本来の笑顔を取り戻すまで、そして現地の人材が育つまで。私はあきらめません。」


森岡 大地医師
森岡 大地医師
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