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02.24 2017

ハウジングファースト東京プロジェクト:その先にあるのは「生きやすい街づくり」(ゆうりんクリニック 西岡誠 院長)



本当の健康問題
私たちは月2回、無料医療相談会を開いて、心と体の様々な相談にのっています。また必要ならできる範囲で手当も行っています。医療相談会での定番の相談事といえば、風邪や胃腸症状、かゆみ、腰・膝の痛みなど。もちろんそれぞれ切実な相談ですが、かゆみで重大な障がいが残ることはないし、膝の痛みで寿命が短くなることもありません。ホームレス状態の人たちは、寿命が20~30年短いといわれています。高血圧、糖尿病、悪性腫瘍、肺気腫といった病気が命を縮めているのです。医療相談会では血液検査やエックス線検査、内視鏡検査はできません。血圧の薬もインスリンもありません。健康を損ない余命を縮める本当の健康問題に、医療相談会だけではうまくアプローチできません。

医学的に正しい診療
私たちもただ手をこまねいて見ている訳ではありません。風邪でも腰痛でも血圧測定を勧め、治療の必要があれば医療機関へ紹介状を書きます。ところが、過去にこんなことがありました。医療相談会で重症高血圧と判明した人を医療機関に紹介しました。ところがその医療機関で測ると軽症の高血圧です。受診先の医師が言うには、寒い屋外で測れば誰でも血圧は上がる、ちゃんとしたところで測らないと本当の血圧は判らないよと。確かに医学的には正しい。ただ野宿している人の「本当の血圧」はどこで測ればわかるのでしょう?快適な診察室でしょうか?それとも寒風吹く路上でしょうか?医学的に正しい医療には、ホームレス状態は想定されていないのです。

この日本でちゃんとした治療が受けられない
前述のようなケースはやや極端で、ホームレスという事情を汲んで対応する医療機関もあります。日本の医療制度はアクセスが世界一だと言われており、お金がなくても、保険証がなくても、無料低額診療や医療扶助で治療を受けられます。救急車だって無料です。サブサハラ諸国や紛争地とは違い、医療機関もたくさんありますから、ちゃんとした治療が受けられないなんてことはないはずです。実際、ホームレス状態の人はちょくちょく医療機関を受診します。それでもなお、ちゃんとした治療を受けているとは言いがたい。私たちの医療相談会のデータから、重症高血圧の人の多くが、これまで治療を受けたことがない、あるいは治療を中断していることがわかっています。また糖尿病、肺気腫と診断された人たちも、治療を受けていないケースが多いのです。

それどころじゃない暮らし
イメージとは異なり、ホームレス状態の人の多くは仕事をしています。建設業や警備、販売業から順番取りの「並び」、古本販売の「本」、缶集めまで様々です。安定雇用の仕事は少ないですから、情報を仕入れて、少しでも良い条件の仕事を得る必要があります。また食事をどこでどうやって得るかは死活問題。情報収集の意味でも、1日の苦労を分かち合うためにも、仲間と一杯やることだって大事なこと。寝床を確保できないと体に障ります。雨が降ったらどうするか。酔客に暴力を振るわれない場所はどこだろうかと思案する。 こうしてみると、ホームレス状態の人は多くのタスクを毎日こなす必要があります。日々是サバイバルです。風邪や腹痛、腰痛など、仕事や暮らしに支障ある症状があれば、医療機関や無料医療相談会にもかかります。薬もちゃんと飲む。ところが高血圧や糖尿病、肺気腫など、障がいを残し寿命を縮める病気の多くは、自覚症状が乏しいため、どうしても後回しになってしまいます。痛くもかゆくもない高血圧より、日々のタスクをこなすことが優先される。当事者の言葉を借りれば「それどころじゃない」のです。

福祉(生活保護)を受けると決めたはいいが
つらく厳しいホームレス状態。日々マルチタスクを強いられ、健康問題が後回しになる暮らし。生活保護を受ければ、そんな暮らしから脱出できます。もう道端で寝る必要はなくなり、医療費は無料で、生活費も支給されます。生活保護の存在を知らない人はほとんどいません。また、役所が生活保護申請を断ることはできないことになっています。なので、役所に「相談」に行った人や、申請した人は大勢います。ところが役所に行くと、まだ若いから働け、先に親類を頼れなどと言われ、追い返されてしまうこともあります。受給審査(ミーンズテスト)の過程で、屈辱的な扱いを受けたり、親兄弟に扶養照会をかけられたりして、そんなことならばと申請取り下げに追い込まれることもある。生活保護を受けることにもバリアが存在するのです。 様々な障がいを乗り越え、晴れて生活保護を受給できたとしても、受給者の受難は続きます。生活能力に欠けるとみなされ、無料低額宿泊所に留め置かれることがままあります。生活能力を見定めるとのことですが、大部屋であったり、劣悪な住環境であったりするため、それが嫌で野宿に戻ってしまう人もいるくらいです。アルコール問題を抱える人には、住まいよりまず治療だといって、入院させられることだってあります。また、いわゆる貧困ビジネスに囲い込まれ、ホームレス時代より酷い暮らしを強いられるケースも、相当数に上ります。

ハウジングファーストという取組み
ホームレス状態の人の支援で、アメリカやフランスで成果を上げている取組みがハウジングファーストです。従来の支援は、まず生活能力の見極めや訓練、病気の治療を行い、それをクリアしてから住居を提供するステップアップ型と呼ばれるものです。従来型の支援ではドロップアウトする人が多く、ホームレス状態解消にはイマイチでした。ハウジングファーストは「住まいは人権」と位置づけ、何より先に住まいを提供する、それから必要な支援メニューを一緒に考えていくというものです。支援メニューは本人が決定することもキモです。無条件の住まい提供と、本人の決定とがハウジングファーストの両輪だと私は考えています。ハウジングファースト型の支援は、従来型に比べるとドロップアウト率が格段に低いことがわかっています。また入院率や医療費も低く抑えられ、総コストが安いことで注目を浴びています。

住まいは健康に良い
ドロップアウトが少ない、総コストが安いのは利点でしょうが、私は医療者ですから、その人が元気にそして健康になったかどうかに、より大きな関心があります。アメリカやフランスと同じかっこうではありませんが、私たちも日本式のハウジングファーストを実践しています。手ごたえは十分です。ホームレス状態を脱し、安心できる住まいを得ると、人は本当に元気になります。ポッと灯がともったように表情が明るくなり、言葉数も増え、声量も大きくなり、歩く足取りもしっかりしてくる。血圧だって下がる。「住まいは人権」がハウジングファーストの理念ですが、医療者としては「住まいは健康に良い」と付け加えたい。住まいを得てはじめて人は健康になれると言ってもいい。

Beyond the Housing First―生きやすい街
ハウジングファーストは、ホームレス状態の人だけに必要な取組みでしょうか?住まいの提供というだけならその通りだと思います。でもハウジングファーストはhousing aloneではありません。様々な支援メニューを支援者と一緒に考え、本人が決定する営みです。あなたの決定は尊い。私たちはあなたの決定を尊重する。そんな敬意に満ちた関係がハウジングファーストの通奏低音です。この関係を街づくりに生かせないかと思案しています。もうひとつ。日本一自殺が少ない街では、人に相談するといろんな人がすぐに助けてくれるといいます。そしてお返しはいらない。助けるほうも返礼を期待していない。助けっぱなし、助けられっぱなし。すぐ助けて、軽く助けて、みんなで助けるのだとも。これをハウジングファーストと繋げられないか?誰にも生きやすい街が作れないかと、仲間同士で夢を語り合っています。


写真上: 西岡誠氏(医療相談会にて)
写真中: 医療相談会の様子
写真下: 夜回りの様子
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