「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー

世界の医療団のボランティア医師として、東京プロジェクトに携わっている西岡医師(写真一番上)のインタビューです。

「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー
◆世界の医療団に参加したきっかけはなんですか。

子供の頃は漠然と弁護士を目指していました。それがどういうわけか医学部に進み、いま医師として18年目になります。数年前までは、関西の貧困世帯の多い地域に勤めていました。住所を聞くと「河原」「公園」と書く人たちがいたり、かつての赤線地帯にある売春宿が往診先だったりしました。私が働き始めるずっと前の1970年代頃は、患者さんに「健康のために野菜を食べましょう」と言っても地域に野菜が売っておらず、八百屋には肉の燻製や油かすが置かれていたり、雨が降ると浸水して伝染病が蔓延したりする地域だったといいます。そんな地域の生活改善に一から取り組んだ病院だったので、貧困、差別、格差の残酷さを肌で知ることが出来たのだと思います。

前の職場を離れ、東京に移ってからも、反貧困活動にはずっと関心を持っていました。どこでなら自分の力を活かし、人の役に立てるだろうかと、インターネットや書籍で諸団体を調べているうち、路上生活者のヘルスケア活動をしている世界の医療団に惹きつけられました。さっそく連絡すると、先ずは見学で全体の流れを見て下さいとのこと。2013年1月、池袋へ医療相談会を見学に行ったところ、年始で相談者がごった返しており、「あ、先生ですか?お願いします」と見学無しのブッツケ本番、いきなり医療相談に入ることになりました。それが世界の医療団とのなれそめです。

「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー
◆活動内容をお聞かせ下さい。

毎月第2・第4土曜日17時から、池袋のサンシャイン60に隣接する東池袋中央公園で、路上生活者の方の医療相談を行っています。カトリック医師会ほかボランティアの医療者と協力しながら、毎回20〜40名の方の相談を受けています。医療相談会のそばでボランティア団体・TENOHASIが食事・衣料品を提供し、法律家・ソーシャルワーカーによる生活福祉相談も行っています。お腹がいっぱいになり、医者にもかかれて、暮しの心配事も解決できる、路上の総合相談所です。路上生活者、ボランティア他を含めると、毎回200人から多い時で300人以上が公園に集い、わいわいガヤガヤと賑やかに活動しています。

医療相談会の他には、毎週水曜日夜、TENOHASIのおにぎり配布・夜回りに同行し、新しく池袋に来た困窮者の方はいないか、調子を崩している人はいないかを確認しています。調子を崩す人の多くは、風邪症状や下痢、かゆみ、腰痛を訴えることが多く、大抵は軽症ですが、時には下気道炎や気管支喘息発作、肝性脳症など、緊急入院が必要な人にも出会います。また訴えは風邪症状や下痢ですが、本当の健康上の問題は高血圧や糖尿病、肺気腫、アルコール依存だったりすることが非常に多い。我々はただその場の症状にだけ耳を傾けるのではなく、その人の本当の健康問題に目を向けることが大事だと考えます。風邪で来たけど血圧もついでに測る、下痢の人には飲酒量を訊く。そんなことがきっかけで、本人の健康意識が変ることもあります。健康意識の変容も、医療者の重要な役目では無いでしょうか?

医療相談に来たのをきっかけに、生活福祉相談にも繫がり、住むところも決った、生活費も安定して入るようになった。路上生活脱出ということで、とても喜ぶべきことですが、これはスタート地点に立ったに過ぎません。孤立せず、役割を得て地域で暮すことが大事だと我々は考えます。そのために、元路上生活の人達に料理教室やスポーツ、映画鑑賞、農業体験の場を提供しています。TENOHASIボランティアに参加し、配食や夜回りで路上生活者を手助けするのもその一環です。なお夜回りで配るパンは「池袋あさやけベーカリー」で元路上生活の方が焼いていて、夜回りだけでなく子供向けの食堂にもパンを提供しています。重層的で相互的な支援が東京プロジェクトの特徴です。

「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー
◆ホームレスの現状についてお聞かせ下さい。

豊かな国、日本でホームレスってどういうこと?単なる甘えじゃないの?そういう生活が元々好きなんでしょ?という疑問を持つ人もいるかも知れません。日本は世界第3位のGDPを誇る経済大国で、高校進学率99.6%、大学進学率も50%を超え、平均寿命は84歳で世界一です。黄金の島ジパングといったところですが、他のデータは日本の別の面を浮き彫りにします。

いま日本では、18歳以下の子供の6人に1人が、平均所得の半分以下の世帯で暮しています。いわゆる子供の貧困です。また毎日5人の人が餓死し、誰にも看取られず年間20万人が孤立死するのも今の日本です。平均的には長命で健康な日本人ですが、ホームレスの人達の健康指標は劣悪で、大阪の調査では死亡時平均年齢が56.2歳と若く、同世代の一般の人に比べ、心疾患での死亡率が3.3倍、肝炎・肝硬変は4.1倍、肺炎4.5倍、肺結核44.8倍、自殺が約6倍と大変深刻な状況です。もちろん生前の健康状態も良くなかったに違いありません。

2009年東京プロジェクトでホームレスの人々を調査した結果、うつ病15%、アルコール依存症19%、精神病性障害10%、自殺リスクのある人15%、自殺ハイリスクの人が2%と、精神的疾患を抱える人が多く、また、知能検査でIQ70以下の人が34%もいたという驚くべき結果が出ています。これは米国や英国にも同様の報告があります。

平均的には豊かであっても、決して少なくない数の子供が貧困にあえいでいて、毎日何人も餓死する人を出し、一人寂しく死んでいく人も多い。貧困の終着点とも言えるホームレス状態では、先進国とは思えないほど健康状態が悪く、知的障害、精神疾患を抱える人が驚くほど多いのです。個人の甘え、自己責任で済まされる問題ではありません。

「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー
◆活動するなかで感じることをお聞かせ下さい。

路上生活者の暮しには足りないものが沢山あります。食べ物が足りない、衣服が足りない、医療も金銭も、足りないものだらけです。足りないなら足せば良い。その通りです。食べ物、衣服、医療を我々も提供しています。生活保護を受ければ、生活費と住む場所が得られ、医療機関にかかることも出来ます。では足りないものを一つ一つ満たしていくと、人は健康で幸せに生きることが出来るのでしょうか?答えは必ずしも芳しいものではありません。

食べ物や温かい家を手にしたものの、タバコ・酒に耽って身体を壊す人や、一人が寂しくて路上に戻って来てしまう人もいます。あの過酷な路上生活に。タバコには禁煙治療、酒には断酒治療という対応は、どこか的が外れているように思えます。本人が路上好きならそれで良い、路上生活がベターとはどう考えても言えない。東京プロジェクトのスタッフや、TENOHASIのボランティアの人達は、居場所が必要、役割が大事なのだと言います。間口の広い拒絶されない居場所、意見を求め求められる関係、頼って頼られる付合いが大事なのだと私は解釈しています。実際、居場所と役割とを得たことで、劇的に変った当事者の方も多いのです。やはり人はパンのみでは生きられないのだと思います。

「東京プロジェクト」西岡医師インタビュー
◆今後の課題と抱負を聞かせてください。

ホームレスの人は医療機関に行っても、ちゃんと診断・診療して貰えないことがあります。一つには、自分の症状や病歴をうまく医療者に伝えられないことも原因でしょう。先ほど話したように、ホームレスの方は精神疾患や知的障害を抱えることが多いためです。ただこの業界で18年やってると、同業者の本音はある程度解ります。やはり「所詮ホームレスでしょ」ということなのです。身なりの整った、社会的地位のある人にはしない診療を平気でやってしまう、やったとしても、どこからも苦情を受けない。診療レベルが下るゆえんです。

これはもう嘆いても仕方がないので、自分らで何かを始めようと考えています。セカンドオピニオンです。セカンドオピニオンは、かかりつけ医以外の専門家に有料で意見を求める制度ですが、この場合、明らかに問題ある診療内容に待ったをかけたり、病気ごとに適切な医療機関を紹介したり、交通整理に近い役割です。個人的にはいくつか相談を受けていて、わかっている範囲ではアドバイスをしているところです。現段階では「個人的野望」ですが徐々に活動を広げていきたいと思います。
西岡誠(内科医)。


東京プロジェクトとは


「医療・福祉支援が必要な生活困難者が地域で生きていける仕組みづくり・地域づくりに参加する」をプロジェクト理念とし、池袋周辺と他の地域でホームレス状態にある人に向け、医療・保健・福祉へのアクセスの改善、そして精神状態と生活状況の底上げ、地域生活の安定を目的とし活動しています。
東京プロジェクト

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